独自技術で創り出すハイブリッド魚、未知の美味しさを世界へ

独自技術で創り出すハイブリッド魚、未知の美味しさを世界へ

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KEPPLE編集部


水産庁※1によると、国内では食用魚介類の1人1年当たりの消費量は、2001年度の40.2kgをピークに減少傾向にあり、2021年には前年度よりも0.4kg減の23.2kgであったことが明らかになった。

一方で、海外市場では半世紀にわたり、食用魚介類の消費量が2倍以上に増加している。特に、元から魚食習慣のあるアジアやオセアニア地域では、生活水準の向上に伴ってより顕著に増加している。たとえば、中国では過去50年で10倍に、インドネシアでは4倍に増加した※2

国内の養殖魚の飼料には魚粉が使用されているが、その大半は輸入に依存している。そのため、水産物の世界的な需要増加に影響されて魚粉が高騰しており、コストを削減した養殖業が求められている。

これらの養殖業の課題に対して、ICTを活用した「スマート養殖」、プールや貯水槽のような陸上施設を利用して養殖する「陸上養殖」といった効率的な養殖方法が誕生している。

こうした状況下で、魚類の品種改良技術によりハイブリッド魚を開発・生産する株式会社さかなドリームがシードラウンドにて、第三者割当増資による約1.9億円の資金調達を実施したことを明らかにした。今回のラウンドでの引受先は、Beyond Next Venturesである。

今回の資金調達により、新魚種の研究開発、養殖生産体制の強化を加速させる。

ハイブリッド魚で新たな魚食体験を提供

さかなドリームは、革新的な品種改良技術で、異なる種類の魚を掛け合わせてハイブリッド魚を開発・生産・販売する水産スタートアップ企業だ。

日本には、4000種を超える魚が生息しているが、安定的な漁獲や養殖の難しさからほとんどが市場に流通していない。そのため、本来は栄養価が高く、美味であっても埋もれている魚が多く存在する。

同社はこうした流通されていない魚のポテンシャルに目をつけ、「ハイブリッド化」と「代理親魚技法」を用いて、新たな魚食体験を提供する。味の良さや養殖のしやすさといった特性を持った二種類の魚を組み合わせるハイブリット化と、移植元の魚の生殖幹細胞を別の魚(代理親)の仔魚に移植することで、成熟した個体がドナー由来の次世代集団を作出する代理親魚技法により、これまで養殖が難しかった魚の安定的な生産に取り組んでいる。


同社では2023年9月現在、これらの技術を活用して、アジ科のカイワリをもとに独自のハイブリッド魚の飼育試験を行っている。カイワリは昔から漁師や水産卸業者の間で味わいが非常に評価されていたものの、まとまった量を捕獲しづらく飼育も難しいため、流通してこなかった。

そこで、カイワリを片親としたハイブリッド魚の作出と飼育に取り組み成功した。これをハイブリッド魚の第一弾の品種として、2024年度中にはテスト販売を開始する予定だ。

今回の資金調達に際して、代表取締役CEO 細谷 俊一郎氏に、今後の展望などについて詳しく話を伺った。

魚のポテンシャルを引き出す代理親魚技法

―― 従来の日本の水産業や養殖にはどのような課題がありますか?

細谷氏:前提として、国内の養殖技術は世界的に見ても非常に優れています。さまざまな魚を狭い生簀の中で飼育し、養殖する技術が根付いています。

一方で、農産物や畜産物と比較すると、水産物では育種(遺伝的な品種改良)が進んでいません。天然魚と比較して秀でた特徴があまりないことから、養殖魚は天然魚よりも評価されづらくなっています。

そして、海面で養殖されている魚の9割は、ブリ類、マダイ、クロマグロ、ギンザケの4種類で占められており非常に限定的です。飼育のしやすさや消費者の需要の高さなどを背景にこうした一部の魚の養殖が中心となっています。そのため、本来であれば評価されるであろう魚類の養殖が進まずにいます。

―― 御社の最新技術について教えてください。

弊社の根幹となっている技術として、現在東京海洋大学が特許を持つ代理親魚技法があります。共同創業者である吉崎悟朗教授を中心に研究・開発されてきた技法で、特定の魚の卵や精子を代理となる魚に生産させることが可能です。

具体的な手法としては、ドナーとなる対象の魚から、生殖幹細胞という精子や卵のもととなる細胞を取り出します。そして、近縁の魚を代理親として、初期の発育段階である仔魚(しぎょ)の段階でドナーの生殖幹細胞を移植することで、代理親が成熟した際にドナー由来の魚を産ませることができます。


この技術を活用し、クロマグロといった大型魚類を近縁であるサバ科の小型魚に生産させれば、飼育コストの削減や、絶滅危惧種の保護を行うことが可能です。

弊社はこの代理親魚技法をハイブリッド魚の生産に役立てています。通常、ハイブリッド魚を産み出すには、人工授精が用いられています。親魚に麻酔をかけて精子と卵を取り出し受精させるのですが、この手法は工数がかかるだけでなく、ハンドリングストレスで魚が死んでしまうリスクがあります。

代理親魚技法により仔魚のうちに生殖幹細胞を移植すれば、自然交配によるハイブリッド魚の生産が可能となり、こうしたコストやリスクを減らせます。加えて、成熟が早い魚を代理親とすれば産卵までの期間を短縮することができます。この代理親魚技法を応用し、ハイブリッド魚を効率的に生産する技術は、現在特許出願中です。

また、当社が生産・販売するのは先天的に不妊のハイブリッド魚のみであるため、仮に魚が生簀から逃れたとしても生態系への影響は極めて限定的です。

美味しさを追求した養殖技術の確立

―― 創業の背景について教えてください。

吉崎は、東京海洋大学で代理親魚技法を開発し、この技術を用いたアプローチで社会実装ができないか模索していました。その中で、吉崎が所長を務める東京海洋大学水圏生殖工学研究所の准教授であり、現CTOの森田が、政府による「生研支援センター スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」に申請しました。

一方、現CMOの石崎と私は元々同僚で、お互いに食に関するビジネスに従事していたため、その経験を生かして共に創業できないかと考えていました。そして、同プログラムを通して、吉崎、森田と出会い、彼らの持つ養殖技術や構想をもとに、事業開発案を立てて創業に至りました。

私たちが取り組んでいるのは、単純に魚を養殖しやすいように改良するのではなく、より美味しさを引き出したハイブリッド魚を生産することです。天然魚よりも味わい深い、ある種のブランド魚として確立していけると考えています。

―― これまでどんな課題があり、どのように克服されてきたかを教えてください。

元々は、代理親魚技法を用いてカイワリの養殖を行おうとしていました。しかし、カイワリは成長が遅く、擦れにも弱い養殖には不向きな魚です。

そのため、カイワリを養殖技術が確立された魚と掛け合わせて、ハイブリッド魚を生み出す発想に繋がりました。実際にハイブリッド魚を生産してみると成長スピードが劇的に向上しました。しかも、異なる両親を持った交雑種が親よりも優れた性質を持って生まれるという雑種強勢が起こり、味わいまでも改善しました。これをきっかけに、代理親魚技法を用いたハイブリッド魚の生産に乗り出しました。

「幻の魚」とも言われるカイワリ


―― 御社の技術が普及した先の消費者のメリットについて教えてください。

私たちの技術が普及することで、今まで流通していなかった美味しい魚を消費者に届けられ、新たな魚食体験を提供することができます。現在、一般的に食べられている魚は非常に限られていて、実際食べている魚を連想しても10種類程度に収まるのではないかと思います。

ポテンシャルを多く秘めた魚をハイブリッド化して、養殖のしやすさだけでなく、今までに味わったことのない美味しさを持つ種へと品種改良することで、食の豊かさをもたらします。また、消費者がより多くの種類の魚を食べるようになれば、マグロなど人気魚の乱獲を抑制し、種の保全にも繋がると考えています。

新たなハイブリッド魚を世界へ

―― 今回の資金調達により、どのような取り組みを加速されるのでしょうか?

今回の調達資金は、研究開発体制の強化と生産体制の構築に活用していきます。出荷するまでの養殖期間が数年かかるため、販売に向けたマーケティング費用よりも、まずは研究開発や生産体制の強化を中心に投資する予定です。

具体的には、魚類の研究者や技術者の採用を強化しつつ、将来的にハイブリッド魚の生産を委託させていただく養殖業者の開拓に注力します。

代表取締役CEO 細谷 俊一郎氏


―― 今後の長期的な展望を教えてください。

短期的には、カイワリを片親としたハイブリッド魚の本格販売を目標にしています。2024年度から海面養殖を開始し、2025年から本格販売する予定です。まずは来年度、すでに陸上水槽で1500匹飼育しているものを試験的に販売しはじめます。

中期的な目標としては、新たな品種のハイブリッド魚生産も行っていきます。ポテンシャルを多く秘めた魚を見出し、さらに洗練された味わいのある魚を産み出すことで、高級魚としてのプレゼンス獲得を目指します。

長期的な目標では、海外展開を考えています。海外では魚類の消費量が年々増加していますが、日本と違い、天然魚よりも生産元がわかる養殖魚の方が好まれる傾向にあります。近年の寿司ブームも相まって、魚食への関心が高まっているため、とても可能性を感じています。

参入を考えている地域としては、魚を食べる習慣があり、所得水準の高いアメリカ、オーストラリア、シンガポール、中国です。ヨーロッパでは法律上、魚の輸出が難しいことから、現地で魚の種から育てる方式を考えています。

2年後にはシリーズAラウンドでの資金調達を目指していますので、今後も研究開発費などに一定の資金を投資していきます。私たちのビジネスや代理親魚技法に可能性を感じ、支援してくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひお声がけいただければ嬉しいです。

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参考:
※1 水産庁 「令和4年度水産白書 令和3年度以降の我が国水産の動向
※2 水産庁 「令和4年度水産白書 水産業をめぐる国際情勢


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