尿検査で疾患を捉える、がん早期発見の新たな光

尿検査で疾患を捉える、がん早期発見の新たな光

DeepTech Trend

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KEPPLE編集部

日本人は長年にわたりがんの脅威にさらされてきた。国立がん研究センターがん情報サービスが発表している「最新がん統計」によると、日本では男性の4人に1人、女性の6人に1人ががんによって命を落としている。また、2021年の厚生労働省の統計では、日本人の死因の1位はがん(悪性新生物)で、これは1981年から40年続いている。

この問題を解決すべく、がん早期発見の技術開発に取り組むのがCraif株式会社だ。同社は、尿検査により疾患の早期発見や個別化医療を実現するための技術および製品を開発する名古屋大学発のスタートアップ企業である。尿中のマイクロRNAをAIで解析することで、がんのリスクを判定するスクリーニング検査「miSignal®(マイシグナル)」を提供する。

マイクロRNAは、細胞の遺伝子発現を調節する小さなRNA(リボ核酸)で、がんの発症や進行に関与することが知られている。同社は尿中のマイクロRNAを網羅的に捕捉し、AIを組みあわせて医療に応用することで、がんのリスクを数値化し、早期発見を可能とする技術を開発した。  

miSignal
2022年2月に卵巣がんの検査からリリースしたmiSignal®は、現在、肺がんや胃がんなど7種類のリスクを判定することができ、全国400以上の医療機関で導入されている。また、同社は2022年11月に、自宅で簡単にがんのリスクを調べられる「miSignal®️リモートがん検査」の提供を開始した。
さらに、バイオマーカーの研究開発技術を用いた検査事業のプラットフォームビジネスも展開しており、日清食品やマルホとの共同研究も進めている。

代表取締役社長 小野 隆一氏に、同社の技術開発の背景や今後の展望について詳しく話を伺った。

世界的にも類を見ない、尿によるがん検査

―― 御社の技術について教えてください。

小野瀨氏:元々、当社の技術顧問で共同創業者である安井 隆雄教授(当時は名古屋大学准教授)が、尿中にあるマイクロRNAを捕捉する技術を開発し、この技術をもとに事業化しました。現在はいろいろな知見が蓄積され、幅広い活用法がある中で、特に力を入れてるのはがん早期発見のための検査です。

私たちが見ているマイクロRNAというのは、遺伝子の発現調節をしている物質です。人間の体にはDNAという設計図があって、体の機能に必要な遺伝情報を記録しています。その情報をRNAに写し、さらにRNAの情報をもとにタンパク質がつくられ、私たちの体は成り立っています。マイクロRNAは、この遺伝子の写しを阻害することによって、遺伝子の発現のオンオフのスイッチを担います。簡単に言うと、いつどれくらいタンパク質を作るかを調節してくれる物質です。全遺伝子の30~50%ほどが、マイクロRNAの制御を受けていると言われています。

そして、尿中のマイクロRNAを捕捉することができる技術が当社の強みの一つです。これまで、尿中にある物質を捕捉するということ自体、あまり行われてきませんでした。したがって、事例も多く存在しないため、独自に研究開発を進めてきました。

実は、がん細胞と正常な細胞では、マイクロRNAのパターンが大きく異なることが知られています。特にがん細胞はそのマイクロRNAを周囲の正常な細胞に送り込むことによって、栄養を取り込んだり、免疫細胞からの攻撃を防いだり、自分が住みやすい環境を作っています。

この細胞から放出されたマイクロRNAは最終的に尿中に出てくるので、それを検出してパターンの違いを見ることでがんの検出をするのが、miSignal®の原理となります。

検査の仕組み
機械学習とバイオインフォマティクス(生命情報科学)のチームが、自社で運営する衛生検査所でこの解析を進めています。その結果、独自の尿のバイオマーカーのデータベースが蓄積され、尿検体のライブラリもさまざまな健康状態のものを1万以上集めています。これほど尿について研究している企業は世界中探しても他にありません。

―― 従来のがん検査における課題について教えてください。

課題は主に二つあります。一つが、そもそも早期発見できる検査がないということ。もう一つが検診のハードルが高く受診率が上がっていないことです。受診率については、がんの種類ごとに状況が違いますが、今年から政府ががん健診受診の目標を60%に引き上げました。そもそも10年以上にわたり、50%を目指しては未達が続いているという状況です。

従来のがん検査の方法として、CTや血液による検査がありますが、いずれも早期発見ができるスクリーニング検査ではなく、検査の手間や採血や穿刺等を伴うこと、費用の面から受診率があがりにくい状況です。また、血液は採血が必要ですし、大量に取れません。尿は唯一、痛みなく大量に採取できる体液なのです。たくさん採ってそれを濃縮すれば、検査に必要な量の情報を取ることができます。

がん健診のハードルを下げて早期発見する社会をつくるうえで、尿中のマイクロRNAを見るのはとても有益な検査になると考えています。

―― 創業の背景について教えてください。

先述の通り、マイクロRNAを尿から取る技術を開発したのは安井教授です。しかし、遡ると、国立がん研究センターの落谷 孝広教授(現在は東京医科大学 特任教授)が、安井教授にマイクロRNAの捕捉方法について相談されたのがきっかけでした。落谷教授は、マイクロRNAやエクソソームの研究でおそらく世界で3本の指に入る研究者です。元々血液からの捕捉方法の研究を進められていましたが、他の体液でも試してほしいと安井教授に依頼され、この技術が開発されました。

私自身は研究者ではないのですが、家族を立て続けにがんで亡くしたことをきっかけに、がんの問題を解決するビジネスの立ち上げを検討していました。そのような中で、安井教授をご紹介いただき、その技術の可能性と安井教授の人柄に魅了され、出会いから一ヶ月後には創業するというかなりのスピード感でCraifを立ち上げました。

代表取締役社長 小野瀨 隆一氏

代表取締役社長 小野瀨 隆一氏

早期発見を促す、手軽な検査方法

―― プロダクトを実現できたポイントについて教えてください。

アカデミアの技術は「シーズ」とよく呼ばれますが、このシーズには筋の良し悪しがあって、最初から花が出ないような種もあれば、良い種もあります。私たちは確実に良い種を引いたと思っています。

ただ、シーズなので育てていく必要があり、安井教授の技術をそのまま全部使っているわけでなく、ブラッシュアップを重ねてきました。人間の体質やコンディションはさまざまなので、どのような検体からも安定して微量なシグナルを測定するというのはとても難しく、そのための技術の開発に4年以上費やしてきました。

また、プロダクト化してスケールするにあたって、誰でもできる検査にする必要があります。そのため、データを適切に管理し、研究開発を行うための衛生検査所も国の許認可を取って設立しました。いろいろなプロセスを自動化し、しっかりとした体制を築き上げてきた結果、検査システムとして確立することができたと考えています。

―― 御社の技術が社会にもたらすメリットについて教えてください。

医療現場としては、やはり検査のオプションが増えるというのが大きいと思います。なおかつ、痛みを伴う検査は嫌がる方が多いので、尿による検査であれば患者にも提示しやすいと喜ばれています。

今後提供していきたいサービスとしては、再発のリスクがある患者に遠隔で検査を受けてもらい、状態を観測できるオプションがあるとよいのではないかと考えています。

ユーザー目線では、いつでも簡単にがん検査を受けられるところですね。膵臓がんや卵巣がんなど、早期発見が難しいと言われているがんを、早い段階で見つけられるというのは大きなメリットだと思います。最近、ポスト投函による受付も開始し、より手軽に検査ができるようになりました。

既存がん検査とmiSignalの違い

グローバルスタンダードへ向けた米国での挑戦

―― 今後の展望について教えてください。

米国での事業展開は今後の重要なポイントのひとつです。すでに現地に社員がいて、事業開発を進めています。バイオマーカー、補足方法、解析の3つのカテゴリーで、22個の特許を申請しています。

まずは、米国で大規模な臨床試験を実施する予定です。米国で成功すればグローバルスタンダードとなると考えていますので、臨床試験をクリアし、保険収載を目指していくのが大きなテーマです。2026〜2027年頃には臨床試験を終えられるよう、プロジェクトに取り組んでいます。また、日本国内でも同様の動きを進めています。

また、miSignal®の利用をさらに拡大していきます。企業に福利厚生プログラムとしてご利用いただく取り組みも進めており、導入企業の増加を加速させます。そして、がんだけでなく他の疾患の検査やヘルスケアにも活用できるよう、技術を応用していきます。

日本のディープテック業界にとって、メイドインジャパンの価値をもう一度世界に知らしめて勝負できるのは、今が最後のチャンスだと考えています。我々がそのパイオニアとなって、世界を変える産業を創り出していくことを目指します。

Craif株式会社

Craif株式会社は、尿検査によってがんを早期発見する技術を開発している、名古屋大学発のベンチャー企業。 酸化亜鉛ナノ構造体とマイクロ流路を組み合わせたデバイスにより、がん細胞と正常細胞で種類や量の異なる “マイクロ RNA” と呼ばれる生体物質を尿中から分離・回収し、その特徴を同社の開発する人工知能(AI)で分析することでがんの早期・高精度診断を行う。 国立研究開発法人科学技術振興機構および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構が主催する 「大学発ベンチャー表彰2019」において、「新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長賞」を受賞。

代表者名小野瀨隆一
設立日2018年5月22日
住所東京都文京区湯島2丁目25番7号
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